高校時代、集団検診で「聴力が悪い」と指摘された。そのとき検査をしていたのが数学の先生で、その先生自身も鼓膜損傷の経験があるという話をしてくれた。
私は、成績も良くなかったし、態度も投げやりだったけれど、数学の先生には話がしやすかった。
「なんで遅刻した?」
と聞かれたとき、他の人にはあまり言いたくないような、「祖父が喀血して救急車を呼んでいた」「(自分が)ツベルクリン反応の検査を受けていた」などの事情を、数学の先生にだけは正直に答えていたこともあった。
無気力で反抗的だった私に、数学の先生が
「早く進路を決めたら、おじいちゃんも安心してくれるよ」
「(数学の中で)解析の成績だけはいいんやから、それを活かせる方向に決めたら?」
「数学科は理系やけど、実験ないからいいぞ~」
と言ってくれたので、数学科のある大学を探した。
いくら「数学だけは成績がいい」と言っても、高校レベルでは「位相」「近傍」「イプシロン-デルタ論法」などの基本的な言葉すら、わからない。そんな高校生の発する数学っぽい質問に、真面目に付き合ってくれて、位相や集合、ベクトル解析などの本を、頼めば読ませてくれたことは、今考えると、すごくありがたいことだったと思う。
大学に入学できたときには、「1学年に500人を超える生徒がいても、数学科に進学するのは1人か2人やねん。嬉しいなぁ」と言ってくれた。
私が大学院に進学したとき、数学の先生も教育学を修めるために、大学院に入学された。
大学院の途中で、私が耳鼻科に通うようになった頃、「もしかして、高校の時から病気だったの?」と聞かれて、「そういえば、耳の話がきっかけで先生と話すようになったんだったなぁ」と思い出した。
先生が、数学以外にもう一つ勧めてくれたのが「山登り」だった。大学に入学できて、祖父の病状も落ち着いた頃から、
「(高校の)山岳部の付き添いで○○山に登るけど、いっしょに行かんか?」
と、何度も言ってくれた。
でも、私は行かなかった。当時の自分には、「山に登る」ことの何が楽しいのか、理解できなかったから。
せっかく気にかけてくれたのに、本当に申し訳ないことをしたと、今は思う。
その後、私はスポーツエアロビックや筋トレにはまっていった。レッスンとか競技の場で、「何かの目標を達成すると、こういう気持ちになるんだな」ということが理解できたとき、「数学の先生が山に登るのも、こういう気持ちがあるからかな?」って、ホンの少しかもしれないが理解できた気がした。
数学の先生が毎年、送ってくれる年賀状の中で、二人のお子さんたちが成長していった。たいていは、どこかの山で、兄弟を撮った写真が使われていた。お子さんたちの成長ぶりが、とても楽しみだった。
でも、ここ数年、お子さんたちの写真は載せられなくなった。
もう「お子さん」とは言えない、青年となっているからだと思う。
お子さんたちに比べたら、ゆっくりしか成長できない自分。結局は、数学の道からは外れてしまった自分の仕事を、今も根気よく見ていてくださる数学の先生を、本当にありがたい方だと思う。
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