ある人から、絶縁を言い渡されたのは、昨年の今頃だった。すごく省略して言うと「病気の人とは付き合いたくないから」という理由だった。ショックじゃなかったといったら嘘になる。
ただ、その人にとって(今は)最良だと思える選択(この場合は、病気の人とは離れるということ)ができて、その人が幸せでいてくれるほうが、いいんじゃないか。強引に、私のほうを向かせても、その人は「私って不幸だ」と思い続けることになる。そのほうが、お互いにとって不幸せなんじゃないだろうか。
初めのうちは、神とか空とか、宇宙のパワーみたいなものに「どうか再会させてください」と祈ったのは本当のこと。
やがて祈りの内容が変わっていった。
「その人と再会したいのは本当の気持ちですが、もしも再会することが、その人の負担になるなら、できなくても良いです。その人にとって一番幸せな道を、示してください」
今も、その気持ちに変わりはない。この人だけじゃない、今までに様々な事情で離れてしまった人にも、今ならそう思える。
自分が大事に思っている人が、「その人にとって、一番良い選択をできる」ことを、ただ黙って祈ることができる。それが、自分にとっても一番幸せなのではないか。
その人の選択の中に、自分の存在は入っていないかもしれない。それでも「その人が、一番良い人生を歩んでくれる」ことを、今は祈ることができる。
今は離れていても、縁があれば、どこかで再会できる。今の人生を生きている間に再会できなかったとしても、天国とか、次の人生とか、どこかで会えるのかもしれない。
昨年の今頃からいままで、祈りかたが変わるのに、1年もかかってしまったけれど、今は心から言える。どうか、私のことは忘れてくれてかまわないから、幸せであってください。さようなら。
去年の今頃書いた記事
http://www.mypress.jp/v2_writers/fuyuu/story/?story_id=1835800
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