今年の夏は、何度も墓参りに行った。
猛暑の中をてくてく歩いていき、数分間(線香が消えるまで)のお祈りをして、またてくてくと帰る。
挨拶をしてくれる人、水やハイター(お花が枯れにくいようにする)を分けてくれる親切な人との出会いが何度もあり、癒された。
何よりも、自分の心に迷いがあり、答えが出なくて靄がかかったようになっている、その心をたとえ一瞬でも神仏にあずかってもらえるような気持ちが、ありがたかった。
介護や体調や、様々な事情に圧されて、自分の人生をしっかり歩いて来なかったことを認めて、少しでもそういう人生を変えていきたいと思ったのは、もう何年前だか分からない。
わずかずつでも、「自分のやりたいことを選ぶ」ことができるようになって、数年前には思いもよらなかった世界の人たちと出会えるようになって。
圧倒されて流されることを、いたずらに拒否するだけではなく、ある程度なら流れてみることもいいのかもしれないと、思えるようになったことが、墓参りのご利益(?)だったのかなと思う。
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