忍者ブログ

普通の日はないんですか!?

「大きな波に流されるのでも、逆らうのでもなく、波に乗って進みなさい」と、教えてくれたのはあなたでしたね。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

もうすぐ「兄」に会えるのが、今から楽しみだ。

私には、とても信頼している人がいて、その関係には「兄のように慕う。妹のように可愛がる」という言葉がぴったりはまると、思っていた。

しかし、最近になり、実際に兄のいる人が「兄貴が、兄貴が・・・」と嬉しそうに話すところや、男性がお父さんのことを「親父が、親父が・・・」と話すところを見て、なんだかとてもうらやましくなった。私には、現実の「兄」はいないし、同性である「姉」もいない。同性の親は残念ながら、いないも同然になってしまった。

最近、下記の本を読んだ。中に「ゴーストライター 瀬尾まいこ」という短編がある。この短編に登場するお兄さんは、残念ながら家族とは距離があったようだ。

 の画像

ただ、兄貴や親父というのは、幼少時から一緒にいるものだ。この短編に登場する人たちも、幼少時からずっと一緒に過ごして、そのうえで「合わない」という結果が出てしまったのだ。

私が「兄のように慕う」気持ちを持ったとしても、本当に兄貴や親父のいる人が、「兄貴が」「親父が」という言葉の重みには、近づけない。なんか、この短編を読んで、そのことが強く感じられるようになった。

「兄のように慕う」という言葉には、「何があっても失われない絆が存在する」と信じて疑わないようなイメージがある。

私は以前、そのような気持ちを「世界で一番信じている」と表現したことがある。
http://www.mypress.jp/v2_writers/fuyuu/story/?story_id=1828107

【引用始まり】 ---
あるとき「私は、他の人には耳のことを話せないでいるけれど、この人にだけは『耳が聴こえなくなったから、嫌われるかも』なんて心配は、一切したことはなかった」と思った。

「信じられる」というのは、そういうことなのだろう。
【引用終わり】 ---

兄ではなくても、妹ではなくても、世界で一番信じていることに変わりはない。

私の「兄」の中には「次に会える時までに、身辺が落ち着いているように」と祈ってくれた人もいて、残念ながら「落ち着きました」という報告ができなくて、申し訳ないけれど、もうすぐ「兄」に会えるのが、今から楽しみだ。

拍手[0回]

PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

フリーエリア

最新CM

[01/18 シャネル スーパーコピー キーケース]
[10/10 バッグ・財布・時計スーパーコピーブランドコピー]
[07/09 美辞ん堂ふゆう]
[07/07 衣斐 美由紀]
[05/04 t.soota]

プロフィール

HN:
美辞ん堂ふゆう
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

P R