S先生が、M先生のいてはる病院に移られることになったのは、今年の4月のことやった。
私は「じゃあ、私も移るよ」ってS先生に約束をした。
私はその約束を破ろうとしたことがある。
ある事情で精神的に追い詰められていた私は、
「私が病院へ行けば、S先生は私に構わざるを得なくなる。でも、私が行かなかったら、S先生は私のことを忘れはるやろうし、そのほうがいいと思う」
とT先生に言った。
T先生は、その場では声を荒げることもなく、
「ふゆうさん自身のために、必要な医療を受けないといけないし、そのためには『S先生とM先生、二人ともいてはる病院がいい』ってことになったんやろ? S先生は『来る』と思ってはるんやろ? 黙って行けへんようになったら、どう思うかな?」
って、話してくれはった。
この発言は、S先生やM先生だけではなく、T先生にとっても非常に申し訳ないものだった。次の診察のとき、T先生は
「俺、どんだけ不安やったか!!」
って、すごい怒られた。
「S先生とM先生とが診てくれてはるから、僕は婦人科のことを診てられたやん?」
「はい」
「最近はもうなくなったけど『腹痛がする』とか『吐き気がする』とかって、注射とか必要なったことがあったやろ?」
「はい」
「そういう時に、『なんで痛いんか』ってことが、僕一人では診きられへんから。だからS先生が他の病院へ行くっていうのも、僕は不安やったし」
「はい」
「ふゆうさんが、だんだん元気なくなっていったけど、僕だけでは聞けないことも、S先生やったら聞けるかもしれへんやん。だからな、『頼むからS先生のとこへは行ってくれ』って、どんなけ思ったか」
「すみません」
「そんな時に、ふゆうさん本人が『私はもういいんだ』みたいになってて、どうしようと思ってたんや!」
「ごめんなさい。申し訳ありませんでした」
そしてS先生に会いに行った。
いきなり「手術するか?」って話になるとは思ってもいなかった。
T先生の紹介で、循環器の先生にも診て頂くことになった。
ハント症候群にもなった。
入院まで、予想もしないことばかり続き、大変だが濃厚な日々を送ったように思う。
「入院までに、他の問題をできるだけ解決する」というS先生との約束があったから、色々なことを乗り越えられたように思う。
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