私は仕事の上で必要なのと、自分の楽しみのためもあって、興味のある新聞記事をスクラップしている。その興味の対象はばらばらで、珍しい事件・事故もあるし、ルポルタージュなどもある。
さて昨日、新聞記事を切って貼る作業中に、ふと「これってモンスターペイシェント、しかも最恐レベルじゃないか?」という記事を発掘してしまった。
2008年7月5日読売新聞夕刊の記事より
【引用始まり】 ---
「手術に不満」病院放火未遂 68歳男逮捕
京都 投げたライター警官ける
(中略)
灯油のポリタンクを持った男が「医者を出せ」と騒いでいるのに男性職員が気づき、110番。男は「火をつけるぞ」と言って約10分間、ロビーに立てこもった。駆けつけた山科署員らの説得も拒否し、灯油約10リットルを床にまいたうえ、火をつけたオイルライターを投げたが、同署員がライターを空中でけって着火を防いだ。
【引用終わり】 ---
私がこの記事を切り抜いたのは、引用部分の最後の一文「同署員がライターを空中でけって着火を防いだ。」の部分が、なんともアクロバティックな情景だと思ったから。しかもそれを淡々と書き綴っているこの記事のすばらしさに目を引かれたからだ。
先日より、このブログ上でモンスターペイシェントについて考える機会を皆さんからいただいた。その観点からすると、この68歳男はすごいモンスターペイシェントだ。
しかも「現住建造物等放火未遂」で逮捕されている。それほどの罪をおかすことと、病院へ文句を言うことをはかりにかけて、そういう重罪を犯すということを選ぶ、というのはよほどのモンスターだ。現住建造物等放火で起訴され有罪となった場合には、非常に罪が重い。それは、一つには「現住」という部分に意味があって、人が住んでいると分かっている建物に放火をすると、人命を奪ってしまう危険性が高いために罪を重くしているそうだ。また、放火というのは類焼の危険などもあって、被害額も甚大となり、しかもその被害は取り返しがつかないというケースも多いために、罪を重く設定しているそうだ。
病院には、自力で逃げ出すことができない患者さんもいる。放火をするぞと脅すのは、そうした人たちを人質にとっているのと同じだ。犯人がそこまで考えていたかどうか分からないが、自力で動けない人たちがどれほどの恐怖を感じたのか、どうか犯人には考えてみて欲しい。
私は耳の調子が悪いとき、病院で呼び出されても聞えないことがある。そこでその旨を申し出て、たとえばある医院ではカルテの表紙に赤字で「耳が悪い」と書いてくれている。また別の医院では「大きな声で呼びかけてください」という付箋を貼ってくれている。どうしても「今日は調子が悪い」というときには、「私は難聴です」とかいた名札みたいなものを持っていって、かばんなどに目立つようにとりつけておく。
ただ「私はつらいんだから配慮してくれて当然」「優しくしてもらって当然」という考えになったら、それはモンスターペイシェントへの第一歩のように思う。
難聴も含めて、何らかの病気や障害がある人が、病院から排斥されてしまったら、生命に関わる。だからそんなことはあってはならない、と思う。だけど「配慮してくれるのが当然」という意識だけは、持たないようにしたい。
これは、日常生活でも同じ。どうしても、普段と同じように生活ができない日があったり、人より多くの配慮を必要としたりする、という場合がある。それでも、それを「配慮してくれて当然」だと思うことは、モンスターへの第一歩。いつも「配慮してくれてありがとう」という気持ちを持てる・・・のが理想。
この新聞記事の男には「治りたい」という気持ちがすごく強くて、手術をしたら治るっていう期待が、とても高かったと思う。だけど手術をしてみても(本当に手術だけに原因があるかどうか分からないが)、期待したほどの効果がなかった、ということだろう。
しかしまずは視点を変えてみれば、楽なのではなかったか?
お医者さんは一生懸命やってくれた。そのことを、まず「ありがとう」という気持ちで受け入れてみてはどうだろう。結果的に治らなかったとしても「精一杯やってもらえて、ありがとう」と思えば、相手のためだけではなく、自分にとって「気が楽になる」という効果があるのだ。そのことをこの男が、早く気づけば楽になれたのかもしれないのに、残念だ。
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●「私が医師じゃなかったら『あんた何様?』と言っています。」
http://www.mypress.jp/v2_writers/fuyuu/story/?story_id=1825320●マスコミ関係者をわざわざ名乗るのはモンスターペイシェントなのだろうか?
http://www.mypress.jp/v2_writers/fuyuu/story/?story_id=1784769[0回]
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